「な、何してんのよっ! アンタ頭おかしいんじゃないの!?」 甲高い声でオネェ言葉を叫び出したプリン金髪。四つん這いで逃げ出し始めたのだ。 ディミトリは笑いを堪えるのに苦労した。 うずくまったまままったく動かないモヒカン風金髪。若干震えていたような気がする。 絶叫して逃走しはじめたプリン金髪を、全速力で追いかけて後ろから蹴ってやった。 すると、ガリガリのプリン金髪は前のめりで転倒した。 その倒れたプリン金髪のボディに蹴りを入れ続けた。相手が反撃出来ないようにする為だ。 最後には顔面にサッカーボールキックをした。助走をつけて蹴るのだ。 これは強烈だった。そんな事をする奴などいないからだ。「うぅぅぅ……」 うずくまったまま動かなくなったプリン金髪。 肩で息をしながらモヒカン風金髪の方に目を向けた。 なんと、さっきまでうずくまっていたモヒカン風金髪がいないではないか。 強烈なフックをお見舞いしたはずだから歩くのもやっとなはずだ。(ええーーー。 やられている仲間を放置して逃げるのかよ……) ディミトリは呆れ返ってしまった。姿形も無い所を見ると逃げ足はピカイチのようだ。「ヘタレどもめ……」 ディミトリは吐き捨てるように呟いた。理由はどうあれ仲間を見捨てるやつは最低だと思っているからだ。 これは兵隊時代から身についている習性だ。「で? 何の用なんだ??」 ディミトリはプリン金髪に向き直して聞いた。 彼は俯いたままだった。泣いているのかも知れない。「な、仲間をボコったって聞いたんで……」「仲間?」 彼らの言う『ボコる』とは喧嘩に勝つ事らしいが、喧嘩なんぞに興味のないディミトリには不明な単語だ。「ええ……」「……?」 ディミトリは何のことだか分からなかった。「何のことだ?」「?」 もう一度聞き直すとプリン金髪の方が当惑してしまったようだ。「前にダチが病院から出てきたオタク小僧にやられたと聞いたもんですから……」 青い縞のシャツと目立たない灰色ズボン。選んだわけではない。コレしかタダヤスは持ってなかったのだ。 ディミトリは溜息をついた。オタク小僧と言われても仕方のないセンスだ。 タダヤスは生まれた時からカツアゲされる宿命だったのだろう。「ああ…… あの金髪の弱っちい奴の事か?」 ここでやっと思い出した。ボコッた
病院の診察室。 定期検診に赴いていたディミトリは診察室に居た。「その後、頭痛は起きますか?」 問診している相手は鏑木医師だ。 普段どおりの温厚そうな表情を見せている。「前の時のような酷い頭痛は無いです」「そうですか、それは良かったですね」「はい、ありがとうございます」「恐らくは脳の腫れが引いてきているのだと思いますよ……」 鏑木医師はカルテに何かを書き込んでいた。 その間にディミトリは診察室の中を見回していた。追跡装置に充電する何かが有るはずだからだ。 しかし、これと言って怪しげなものは見つからない。「先生に処方していただいた薬のお陰だと思います」「そうですか、それは良かったですね……」 褒められた鏑木医師はニコニコとしながら答えた。「それで…… 事故にあう前の事は思い出しましたか?」「それは無いですね……」「そうですか……」「……」「まあ、ゆっくりと思い出していきましょう」「はい……」 鏑木医師はにこやかに答えていた。 ディミトリもそれに合わせて模範的な回答を心がけていた。中身はともかく、表面上は優等生を演じることにしているのだ。 まだ、追跡装置の存在を知っていることを悟られてはならないからだ。「背中にシコリみたいな感じが有るのですが?」「そうなんですか?」「はい」「ちょっと見てみましょう」「お願いします」 鏑木医師はディミトリの上半身を脱がせて、背中に回って手術跡を触診しはじめた。 ディミトリはそっと振り向いては先生の表情を注視していた。「どの辺ですか?」「手術の縫い目のあたりですね……」「別段、違和感は無いようですが……」「シコリがあるなと思う時に携帯電話の受信状況が悪くなるんですよ……」「そうですか…… 何とも無いけどなあ……」「勘違いだと思いますよ。 縫っているので皮膚が引っ張られるのを感じ取っていると思います」 一応カマを掛けてみた。『受信状況が悪くなる』で何か反応があるか注意してみたのだ。 だが、鏑木医師は顔色ひとつ変えずに触診をしている。(ひょっとしたら違う医者が埋め込んだという可能性もあるな……) 表情を変えない鏑木医師は違うんじゃないかと思い始めた。「そう言えば先生って独身でいらっしゃるんですか?」「いや、結婚はしているよ」「へぇ、そうは見えないです」「珍し
好みの美人看護師に点滴の準備をされながら点滴の袋を見ていた。透明な液体で満ちている。 薬剤は点滴でゆっくりと入れる。作用がきついので時間がかかるのだと鏑木医師は話していた。 その際には腕に黒いバンドが締められる。締められるというより巻かれるという表現が正しい。 血圧を測る時に使うバンドに似てるがちょっと違う印象を受けていた。 だが、ディミトリは点滴の液が滴り落ちるのを見ながら気がついた。(そうか……) どうやって追跡装置を充電していたのか謎だった。だが、その方法が閃いたのだ。『電磁波充電』 電磁波があれば電流を生み出せるのだ。 コイルの中心を通過する磁力線が存在すると、そのコイルに誘導電流が流れる。 これをバッテリーに流し込んでやれば充電が出来るようになる。 こうすれば体内に有っても外からの充電が可能だ。電源コードは繋げる必要がない。 つまり、腕に巻いている黒いバンドは電磁波を起こさせているものに違いない。 点滴で腕に何か巻くなど経験したことが無い。せいぜい言って針がずれないようにテープを巻くぐらいだ。 処置をされる度に感じていた違和感はこれだったのだ。 鏑木医師が定期的に診察に来るように言うわけだ。ディミトリでは無く電源の残量が心配だったのだ。(間違いないな……) もはや確信に近いものがあった。(腐れゴミ医者め……) 追跡装置が腕に有るのなら、背中の違和感など勘違いだと言っているのが分かる。 彼はそこに何も無いことを知っているからだ。 信頼してただけに結果が非常に残念だった。怨嗟の焔が燃え上がるようだ。(さて、どうしてやろうか……) とりあえずは腕の何処にあるかを確認しなければと考えた。 それは自宅でも出来る。小型の超音波診断装置があるからだ。 本当は壁にある隠し扉を見つけるために買ったのだが、本来の使い方が出来るとは思わなかった。 襲撃の時には警察がやってきた事も有り使う暇が無かった。(最初からやっておけば良かったな……) 病院に来るまで買ったことを忘れていたらしい。 もっとも、背中を隈なく探すには一人では無理な話だった。小型なので見える範囲が狭いのだ。(以前に使った時には腹に撃ち込まれた弾丸を探す時だったっけ……) 衛生兵では無いので大雑把な位置が分からないとナイフで取り出せない。 金属は反応
自宅。 ディミトリは病院の事務室に侵入して、職員名簿から鏑木医師の住所を手に入れていた。 侵入と言っても誰もいない瞬間を見計らって室内に入っただけだ。 何故か不審がられなかったのは謎だが、業者か何かと間違えられたのだろうと考えることにした。 自宅はディミトリが住んでる市内であった。確かデカイ家がたくさんある地区だ。 帰宅したディミトリは携帯型超音波診断機を作動させた。超音波端末にローションを塗って自分の腕に当ててみる。 黒いベルトを巻いていた付近を真っ先に調べた。すると左腕の上腕に何かが有るらしいのは分かった。(こんな玩具みたいなのでも役に立つんだな……) 画像部分に白くて四角い物が映されている。金属なので超音波を全反射してしまうので真っ白なのだ。 位置関係を考えると腕の裏側に当たる部位だ。(確かに日本ってのは先進国なんだな) 妙なところで感心してしまった。日本の民生品は凄いものだと認識を新たにしたのだった。(此処じゃ目視では分からない訳だな) 確かに腕の裏側など見る機会はそうそうには無い。むしろ無関心なのが普通だろう。 そこに目をつけて追跡装置を埋め込んであるのだ。(こういう事に手慣れている組織だな……) 自分が相手しているのは諜報機関である可能性が出てきた。 警察であればこんな事はやらない。彼らは逮捕して威嚇して黙らせるのを得意としている。 諜報機関は対象の詳細な情報を得るのが目的だ。泳がせる為に追跡装置などを使いたがる。 そして目立つのを嫌がる。事件化するぐらいなら対象を抹殺するのも手口だ。 これは万国共通の習性なのだろう。 腕の後は身体のアチコチを超音波診断装置で見てみた。 見た感じでは腕以外に反応があった部位は無い。(とりあえずは此処までにしよう…… ヌルヌルして気持ち悪いや……) 全身がローションまみれに成ってしまったのでシャワーを浴びることにする。(ド貧乏国家の市民が先進国に行きたがる訳だな……) シャワーを浴びながらそんな事を考えていた。 先進国ではネット通販で色々な物が購入できるので便利だ。 レントゲン撮影なら確実だが、個人で手に入る代物では無いので諦めた。 大体の場所は分かったので、再び鏡に写して場所を探す。 すると薄っすらと細い線が見受けられた。ここが追跡装置が埋め込まれた手術跡に違
遮断カバーを付けて店に入り、道路に面したボックスを割り当てて貰う。 そこから道路を見張りながらカラオケを歌っていた。 三十分ぐらい歌っていたが彼らが現れないのを確認すると遮断カバーを外してみた。 ロシアのラップ歌手の歌を歌っていると、彼らがやってくるのが見えた。(どうやら遮断カバーは機能しているようだな) ディミトリは不審車を見ながらニヤリと笑った。 何故こんな面倒な事をしているのか言うと、こちらが追跡装置の存在を知っていると思わせないためだ。 カラオケボックスに入っているので、電波が不調だったのだと勘違いさせるためだ。 でなければ金の無い高校生カップルがラブホ代わりにしてる所なんぞに来ない。(結果は上々…… 帰るか、ここは臭くて叶わない……) 店を出ようとしたら大串が彼女と来店したところだった。 向こうは『うげっ』とした顔をしていたが、ディミトリは爽やかに挨拶して別れた。「何アレ、一人カラオケってダサくない?」「よせっ……」「どうしたの?」「良いから……」 そんな会話を背にしながらディミトリは帰っていった。勿論、不審車も距離を保って付いていった。 帰宅したディミトリは鏑木医師のスケジュールを思い出そうとしていた。 家に帰るより前に侵入して、色々と下調べをしたかったからだ。今夜は当直で留守にしているはず。 帰宅するのは明日の夕方以降であるはずだ。(御宅訪問は夜中だな……) 医者の自宅に押し入った。玄関の所に警備会社のシールが貼られているのが見えている。 金持ちだし防犯に気を使うのは当然だろうと考える。 警備会社の防犯システムとは窓などに振動センサーが付けられている。 つまり、ソッと開けてもセンサーが反応して警備会社に通報が行ってしまうのだ。 だが、ディミトリも対処法はいくつも知っている。強襲の作戦時にはセンサーに反応しない場所を調べてから入るからだ。 今回は二階の屋根裏部屋だ。そこには通気口があり、年中開いているのは見ていたからだ。 雨樋を使って屋上に上がり、天井裏にある納戸の窓から侵入してやった。(これじゃあ、まるで猿だな) 自分の事をそんなに風に例えてクスクス笑ってしまった。 家の中に侵入したディミトリは家探しをした。コレと言って目的が有るわけではないが手がかりぐらい欲しかったのだ。 だが、綺麗に
「若森くんじゃないかね…… 君こそ、何でここに居るのかね?」 だが、ディミトリを見て少し驚いたようだが冷静さを取り戻した。 鏑木医師は盛んに外の様子を気にしている。「見張りのことを気にしているんですか?」「……」「大丈夫」「連中は俺がどこに居るのか分からないようにしてあるんだよ」 ディミトリは左腕をまくってみせた。上腕には遮断カバーが巻かれていた。「それは……」「ああ、追跡装置が此処に埋まってるんだろ?」 ディミトリがニヤリと笑ってみせた。鏑木医師は明らかに動揺していた。 ここで知らないふりをするようならディミトリの勘違いだったが彼は分かっているようだ。「大丈夫、電波が出ていないのは確認してあるからさ……」「……」「ファンクラブのおっちゃんたちは俺が自宅に居ると思って安心しているのさ」「……」 鏑木医師は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。「さあ、知ってることを教えてもらおうか……」「な、なんの話だ!」 鏑木医師は知らない振りをしようとしている。「おいおい…… この段階で惚けても無駄だよ……」「俺は何もしらんぞっ!」 鏑木医師はなおも白を切り通そうとした。だが、無駄だ。「俺が元々誰だかは知ってるんだろ?」「……」「じゃあ、元の商売も知っている訳だ……」「優しく聞いて欲しいのか、激しく聞いて欲しいのか…… どっちだ?」 ディミトリの手には自作のスタンガンが握られている。「俺は激しい方が好みだがな……」 スタンガンをバチバチ言わせながら詰め寄ってみた。「わ、私は頼まれて『クラックコア』の経過観察をしていただけだ……」 鏑木医師は動揺を見せ始めた。やはり、この手の人種には目に見える暴力の方が効果があるようだ。 日頃から持て囃されているので、悪意を向けられることに慣れていない。そして、尋問されることにも慣れていない。 少し脅すだけで簡単に口を割ってしまう。「クラックコア?」 ディミトリは聞き慣れない用語に戸惑ってしまった。 詳しく話をさせようと、ディミトリが鏑木医師に一歩近づいた。バスッ 不意に鈍い音が窓から響いた。見ると窓に小さな穴が空いている。 それと同時に鏑木医師の頭が半分消し飛んでいくのが見えたのだ。(狙撃っ!) ディミトリはすぐさま床に伏せて、這いずって窓際に移動した。 状
鏑木医師の自宅。 狙撃手はひとブロック先のマンションあたりと見当を付けた。距離にして六百メートルくらいだろう。 これだけ遠いと双眼鏡でも無いと確認が出来ない。(まいったね……) ディミトリは傍にあったクッションに帽子を被せて窓から出してみた。 すると五秒ぐらいしてから帽子が撃ち抜かれた。銃弾を発射した音は聞こえてこない。 ライフルの銃撃音は結構大きいものだ。それが、聞こえないということは減音器を装着してるのだろう。(中々の腕前だな……) 撃ち抜かれた帽子を見ながらディミトリは感心した。(でも、狙撃手は一人きりだな……) 狙撃を行うためのスコープは視野が狭い。だから、帽子を撃つのに時間がかかっていたのだろうと推測した。 軍隊の狙撃はスポッターと呼ばれる兵隊が傍に付いている。狙撃手の視野の狭さを補佐する為だ。 スポッターが居るのなら五秒も掛かるはずがないとディミトリは結論づけたのだ。(つまり、少人数の襲撃チームというわけか……) やってくるのは二人組の男たち。顔の所に何やら四角いゴーグルを掛けているように見える。 それはディミトリにも馴染みのものだった。(暗視装置!) 狙撃する者と襲撃する者に別れている。八人ぐらいの部隊だろうなと当たりを付けた。 これは特殊部隊が運用される単位に近かった。(間違いなく厄介な連中だな……) 家の中に入ってきたらしい。しかし、男たちは音を立てなかった。(この足運び方法は…… 兵隊だな……) 戦場の最前線を思い出すようだ。(あのヒリヒリとした熱い空気が、空間に充満している感じ……) ディミトリは嬉しくて爆発しそうだった。自分の居場所だからだ。(嬉しいね…… よしっ今夜は丁寧に君たちを殺してあげるよっ!!) ディミトリがニタリと笑った。無垢の市民相手では無いし、ちょっと腕に覚えがある程度のチンピラでは無い。 プロの殺戮者が相手になるのだ。手加減せずに兵隊時代に培った技術で戦えるのが嬉しいようだ。(まあ、これが本来の俺だ……) まず、手前の男から片付ける事にした。壁際に張り付き男が近づくのを待ち構えた。 殺意が静かに動いてる感じがする。 やがて銃を構えた男がディミトリの目の前に現れた。「ロックンロール(戦闘開始)」 暗闇からディミトリの声が響いた。男はぎょっとしたように立ち止まっ
(装備は警察の突撃部隊の奴に似てるな……) すると廊下の方からミシリと音が聞こえた。二人目だ。軍隊はツーマンセルと呼ばれる二人組で行動するのが常だ。 ディミトリは再び壁に張り付いた。この後、相手は鏡で部屋の様子を見るはずだ。その時に隙が生じる。 少しだけ待つとディミトリの望んだ展開になってきた。小さな手鏡が壁の向こうから現れたのだ。 ディミトリはしゃがんだ姿勢のまま、壁の向こうに銃だけを突き出し。三発ほど連続で撃ち込んだ。「ぐあっ!」 悲鳴にも似たうめき声が聞こえた。どうやら命中したらしい。 ディミトリは寝転んだまま、身体を壁からはみ出さ連射させる。「あうぅぅぅ……」 もうひとりの男は片足を撃ち抜かれて、片膝を付いた状態でいる。 ディミトリは手に持っていた拳銃で相手の暗視装置ごと撃ち抜いてやった。(こいつの装備は後で回収しよう……) 一人目が耳に付けていたイヤホンを外して聞いてみた。情報収集の為だ。『A隊怎麼了?(Aチームどうした?)』(え? 中国語!?) ディミトリは中国語を知っている訳ではない。何となくそんな感じがするだけだ。 もちろん無線の中を飛び交っていたのは中国語だ。『應答(応答しろ)』『拘束了目標嗎?(目標を拘束したか?)』『應答(応答しろ)』 Aチームというワードは理解できた。恐らくはディミトリが片付けた二人の事であろう。 うめき声の後で応答が無くなれば何かが有ったと考えるのは当然だ。『A隊沉默(Aチーム沈黙)』『出乎預料的事項發生(想定外の事項が発生)』『我是接近的男人想為目標(目標に接近した男だと思います)』『B隊那個傢伙也壓制(Bチームはそいつも制圧しろ)』『了解(了解)』 そして今度はBチームのワードが出てきた。(Aが居るという事はBもあるって事か……) 普通に考えれば様子を見に行かせるのだろう。 最低でも後二人遊んでもらえる。ディミトリはニヤリと笑った。ガタンッ 二階で物音が響いた。何かを落としたような音だ。 きっと、Bチームは二階の捜索を担当していたのだろう。 ディミトリは廊下を素早く移動して、階段横にある納戸に入った。待ち伏せするためだ。 Bチームの二人はゆっくりと慎重に階段を下りてきた。 そして、連絡が取れなくなったAチームが居るはずの、リビングに向かおうとしてい
(出てきた……) 銃撃戦となったら、物を言うのは弾幕だ。サブマシンガンを持っていない以上は両手に持った拳銃で戦うしか無い。 先頭の一人は拳銃を持っているのが見えた。(はいはい、チャイカの仲間なのは決定……) ひょっとしたら無関係な船員もいるかもしれないと思っていたが安心して殺せそうだ。 ディミトリは満面の笑みを浮かべて両手の拳銃から弾丸を送り込んでやった。 気分良く撃っていると頬を何かが掠めた。銃弾だ。後ろにも回り込まれてしまったのだ。 ディミトリは右手は出口、左手ではデッキの後方を撃ち出した。 やがて、左手に持ったトカレフの銃弾が尽きた。マガジンを交換している空きは無い。ディミトリは迷うこと無く銃を捨てた。 そして、右手の銃を懐にしまうと、下のデッキに移ろうとして飛び降りたのだ。「うわっと!」 ところが、デッキの下のデッキの手すりを掴みそこねて更に落下してしまった。「おっと……」 舷窓の枠に捕まる事に成功した。そして、腰にぶら下げておいた吸盤を張り付けた。 指先だけで窓枠に捕まるより楽なのだ。 そのまま海の中に逃げても良かったが、自分が泳ぐ速度より陸上を移動される方が早いに決まっている。(もう少し時間を稼ぐ……) ディミトリは窓に向かって銃を撃った。しかし、期待したような割れ方をしなかった。 窓ガラスを銃で撃つが穴が空くだけだった。荒れ狂う波風に耐えることが出来るようにガラスが頑丈なのだ。「くそっ、なんて頑丈に出来てやがるんだ!」 穴の開いた窓を蹴飛ばしながら怒鳴った。 ディミトリは窓の鍵があると思われる部分に、銃弾を集中して浴びせ腕が入る隙間を作り出した。 その間にも、ビシッビシッと銃弾が降り注ぐ音が通り過ぎていく。停泊しているとはいえ、波による揺れは多少はある。 彼らでは薄暗い背景に溶け込むような衣装のディミトリを撃ち取れないようだった。(よしっ! 開いた) 窓の鍵を開けて室内に潜入するのに成功した。(小柄な身体が役に立ったぜ……) 室内に降り立ったディミトリは立ち上がって見渡した。上下二段のベッドが並んでいる。船員用の寝室のようだ。 すると、一つのベッドで誰かが起き上がって来た。 室内に居たのは船員だった。ベッドの上で両手を上げて固まっている。 窓が割れたかと思うと男が入ってきたのでビックリしたら
モロモフ号の甲板の上。 ディミトリはアオイの言った『取引に使うお金』に魅入られていた。「いやいやいやいやいや、駄目だ」 ディミトリが首を振りながら否定した。 確かにここで多額の現金を手に入れるのは魅力的だ。だが、アオイを守りながら戦闘するのは、余りにも分が悪すぎる。 確実に金になる戦闘しかディミトリはやらない。(やっぱり駄目か……) アオイとしては、船底に閉じ込められている子供を助ける事で、贖罪を果たしたかったのかも知れない。 だが、肝心の少年が腰が引けている以上は諦めるしか無いかと思った。「じゃあ、私はゴムボートで待っていれば良いのね?」「いや、近くにアカリさんが待っているから、彼女と合流していて欲しい……」「え? アカリが居るの?」「ああ、どうやって君が居る船に辿り着いたと思ってるの」「あっ、そうか」「この携帯で連絡を取って待っていて欲しい。 あの桟橋を回り込めば陸に上がれる階段が有るから……」「うん、分かった……」 アオイは縄梯子をそろそろと降り始めた。ディミトリは上から降りていくアオイを見ている。キンッ 船の手すりを金属製の何かが掠める音がした。間違いなく銃弾だ。(銃撃!) ディミトリは咄嗟に撃ち返した。発射音は聞こえなかった。恐らく見張りに見つかってしまったのだろう。「見つかった!」「え、え、ええ……」 アオイはまだ縄梯子の半ば辺りだ。降り終わるのにまだ少し時間がかかる。 ディミトリは姿が見えない敵に銃弾を送り込んだ。 命中させることが目的では無い。アオイがゴムボートに乗るまでの時間稼ぎのためだ。(敵もサプレッサーを使っているのか……) その時、埠頭に灯りが倒れていく男を映し出した。紛れ当たりを引いたようだ。(俺も使ってるぐらいだから当然だわな) ディミトリは男に近寄っていく。死んだかどうかを確かめるためだ。(角度から考えると船の壁で跳弾したのが当たったのか……) 傍によると男は首から血を流して死んでいる。当たった場所から考えると跳弾であろうと思われたのだ。 ディミトリは男の銃と予備の弾倉を取り上げて眺めた。(トカレフか……) 無いよりはマシかと懐にしまった時に、海の方からアオイの悲鳴が聞こえた。「きゃあっ!」 ディミトリが慌てて駆けつけると、上のデッキからゴムボートに向かって銃を撃
モロモフ号。 船室の外に居た見張りは壁にもたれ掛かるように倒れている。その頭からは血が流れていた。 不意に少年が現れて問答無用で撃ってきた。声を上げる暇すらなかったようだ。彼は驚愕した表情のままだった。「若森くん……」 アオイは突然の登場にビックリしながらも、見慣れた顔の登場に安堵のため息を漏らした。「ちょっと、足を持ってくれるかな?」 ディミトリが手招きしてる。「?」 アオイが近づいて廊下を見ると見張りが倒れている。頭から血を流している所を見て、アオイは射殺されたのだと理解した。「顔が腫れているけど殴られたの?」 アオイの左頬が腫れているので聞いてみた。「うん、大声出して助けを呼んでたら殴られた」「女でもお構いなしかよ。 ヒデェ連中だな……」 ディミトリは見張りが持っていた拳銃を眺めながら呟いた。「連中は俺の事を探してるんだって?」「ええ、ロシア人が貴方の事をしつこく聞いてきた」 見張りの死体を運びながらそんな会話をする二人。アオイも死体を見たぐらいでは驚かなくなっている。 アオイも死が身近にある職業だとはいえ、慣れていく自分にどんよりとした気分になっていくのを感じている。「何、やったの?」 アオイが足を持ちディミトリが頭を持って死体を部屋の中に入れた。「ロシア人の母親とヤッたんだよ」「馬鹿……」 ディミトリはアオイに小突かれてしまった。彼女は下品なジョークが嫌いなようだ。 次にテーブルクロスで廊下の血痕を拭い去り、部屋を閉めて出ていこうとした。「ちょっとだけ待って……」 ディミトリは鍵を掛けてから、鍵を根本から折ってあげた。こうすると、室内に入ることが出来ない。本当は瞬間接着剤ぐらいで固定した方が良いのだがしょうがない。 アオイが部屋に居ない事は直ぐに露見してしまうだろう。少しでも時間を稼ぐ為の小細工だ。「まあ、お互いに聞きたいことは山程あるだろうけど……」 まず、何故引っ越したのか問い詰めたかったが、先に逃げ出すのが先だ。 敵の人数すら分からないのに彷徨くのは流石に拙い。金の行方は後で聞けば良いとディミトリは考えたのだ。「?」「とりあえず、逃げ出そうか?」 ディミトリが先に歩き、アオイは彼の後ろを付いて行った。「どうやって逃げるの?」「この船の傍にゴムボートを繋いである」「え?」「舷門(
モロモフ号。 ディミトリは船の後方にボートを付けた。係留ロープを結びつける場所がないので、ロープの先に磁石を付けて船に貼り付けた。 これでボートは行方不明にならないはずだ。 それから、吸盤を取り出し船を登り始めた。 まず、右手側を貼り付けて、それを手がかりに左手側を上に貼り付ける。右手側を緩めて左手を手がかりにして上に貼り付ける。 そうやって、交互に貼り付ける事によってよじ登っていくのだ。手の力だけなので結構しんどいものがある。 それでも、何とか登りきって船の舷側から甲板に降り立った。 ディミトリは懐から拳銃を取り出した。警戒したままで、ゆっくりと歩きながら入り口に向かう。 ここで、見つかれば道に迷ったなどと言い訳が効かないからだ。 出発前に見かけた船の見張りは反対側にいるのか見当たらなかった。つまり、常時警戒しているのは一人ということだろう。 最低でも二人は見張りに付くものだと思っていただけに拍子抜けした。 船の中に素早く入ったディミトリは奥に進んでいく。遠くの方で話し声が聞こえるだけで、後は何かの振動音がするだけだ。 今の所、船が侵入されたなどと誰も気付いていないようだ。手短に船内を見て回るつもりだった。 人の声がしていたのは食堂と思われる部屋だ。灯りが点いているので何人かいるらしかった。 ディミトリが入り口の傍によると、中からロシア語の会話が聞こえてきた。『日本のカイジョウホアンチョウの検査は終わったんだろ?』『ああ、連中は気が付かなかったぜ』『じゃあ、さっさと荷物を受け渡してしまおうぜ』『連中に悟られ無いで助かったな……』『ああ、まさかブツを船底に貼り付けて運んでるとは思わないもんさ』(ふん、ソコビキって取引のやり方か……) ロシアの留置場に入れられた時に、隣の房に居た薬の売人に運搬方法を聞いたことがある。その一つに『ソコビキ』と言うやり方にそっくりだった。方法は簡単で薬なり銃器なりを防水箱に入れ、船の底に溶接してしまうのだ。見た目はスタビライザーに見えてしまうので誤魔化しやすいそうだ。(くそっ、ひょっとして違う船だったのか?) 彼らが話していたのは違法薬物か何かの取引らしい会話だった。興味が無いので他の部屋を探しに行こうとした。『ところで例の女はどうしてるんだ?』 中に居る一人が話し始めた。ディミトリ
アカリの車。 サプレッサーを作り終えたディミトリはアカリに向かえに来てもらった。 これからアオイが閉じ込められている船を調べる為だ。車を走らせながらアカリに色々と聞き出しす。「どこの港に連れて行かれるか聞いた?」「いいえ」 車に強制的に乗せられて、直ぐにディミトリが追いかけたので詳しい話は出来なかったそうだ。 ただ、彼らがアオイと確保している事と、中学生の男の子を誘い出して欲しいとだけ言われたようだ。 彼らは只の使い走りのようで、若松忠恭の顔を知らなかったのは幸いだった。「じゃあ、車の中の様子で覚えていること無いかな?」「そう言えば、カーナビに臨海港って表示されていた」 メールか何かでアカリの居場所を教えられて、彼らはカーナビ頼りに走っていたのだろうと考えた。「ん? そう言えば奴らはアカリさんの顔を知ってたんだよね?」「ええ、スマートフォンに私の画像が有りました……」 見せられたのは、自分の画像とアオイの画像だったそうだ。「しかし、臨海港って言っても大きいよなあ……」 ディミトリたちは船であるとしか知らない。他には、相手がロシア系であるぐらいだ。「入港したばかりみたいな話をしてた」「ふむ、日付で検索してみれば良いか……」 ディミトリは携帯で船の入港情報を探り始めた。何か、手がかりが欲しかったのだ。「これかな…… 名前がそれっぽい……」 ディミトリが指差す先には『ナホトカ・モロモフ』とあった。とりあえずは見に行って見ることにした。 本来なら一週間ぐらいは観察をして、人数ぐらいは把握したかったが時間が無い。 アオイが人質にされているせいだ。「キプロス船籍で石炭運搬船とあるな……」 ディミトリは画面を見ながらブツブツ言っている。他にも船はあったが全体的に小さめの船ばかりだ。 きっと、外洋を渡るので大きい船だろう。「とりあえずはコイツに忍び込むか……」 ダメ元で乗り込むつもりだった。「ちょっと、寄り道してもらっても良いなかな?」「良いけど、何するの?」「ちょっと、お買い物……」 まず、釣具店に行きゴムボートを購入した。長さが二メートル程度で二人乗り。手漕ぎだが大した距離を漕ぐ訳では無いので平気だ。 目的の船にはロシア系の連中がいる。そして、彼らはディミトリが訪問するのも知っている。 大人しく入れてくれる訳が
自宅。 ショッピングセンターで乗り換えた車でアカリの車を取りに行った。いつまでも乗ってる訳にいかないからだ。 場所はアカリが誘拐されかかった場所だった。時間貸しの駐車場に停めていたようだ。「なんで、あそこに居たの?」 道中、ディミトリは気になっていた事を聞いてみた。「ん? 留学の下準備に行ったのよ」 ディミトリが見張っていた雑居ビルには、留学のコーディネーターが居るのだそうだ。 今日は打ち合わせに訪れていたらしい。「ふーん…… ところで、お姉さんはどこに引っ越したの?」「え……」 アカリは言葉を言い淀んだ。その様子から口止めされているのだろうと推測出来た。「ああ、言いたく無いのなら無理に言わなくて良いよ」 ここは無理する場面では無いと思い言い繕った。変に疑念を持たれて逃げ出されては金が手に入らなくなってしまう。 ディミトリは慎重に話を運ぶことにしていたのだ。「ゴメンナサイ……」「まあ、俺が君の立ち場だったら、こんな危ない奴と付き合うのはゴメンさ」 ディミトリは笑いながら答えた。アカリは俯いてしまっている。「駅前に漫画喫茶あるから、そこで待っていてくれる?」「はい」「ちょっと、家に用があるんだ。 それが済んだらお姉さんを助けに行こう……」「分かった」 アカリはディミトリを家に送った。降り際にディミトリは自分の携帯を渡した。アカリが使っている携帯は監視されている可能性が高いからだ。そして、そのまま漫画喫茶に向かっていった。 ディミトリにはどうしても自宅でやらなければならない作業がある。サプレッサー事だ。壊れたままでは拙い。 アオイを救出する際にはサプレッサーが必要になるのは目に見えている。その為にサプレッサーを作成しなおす必要だあるのだ。 自宅に帰ったディミトリは早速3Dプリンターでサプレッサーを作り始めた。 中身の構造を練り直す暇が無いので、複数個持っていく事にしたのだった。 今回持っていったサプレッサーを分解してみると案の定中で割れていた。やはり熱でやられるのは変わらないようだ。 それでも金属のケースには歪みは無かった。(サプレッサーが長持ちしなかったのは、蓋の構造が駄目だったんだろうな……) 銃弾を通すために穴に防音効果を高めるための硬質ゴムで蓋をしてある。ドアの様に銃弾が通過した後に塞がるようにしてある
「……」 その様子を見ていたアカリは、ディミトリが何をしようとして居るのか理解出来た。映画なんか良く見かける車泥棒のやり方だ。 しかも、彼は手慣れている感じだった。 初めて逢った時には銃で撃たれていた。姉によると腕から何か不思議な装置を取り出す手伝いをさせられたとも言っていた。 そして、夜中に廃工場を見張ったり、不思議な行動をする少年なのだ。(本当にこの子は中学生なの?) 姉が少年を怖がっていた理由はこれなのだろうと確信したのだ。(この子は目的の為には、悪事であろうと躊躇する事は無い……) しかし、アカリはディミトリがする事を咎めるのは止めにしている。言っても聞かないだろうと分かっているつもりだからだ。 それよりも、気がかりなのは自分を連れ去ろうとしていた男たちが、姉を拘束していると言っていた事だ。 事実、連絡がつかない点も気になっている。本当に拘束されているのなら、不思議少年の手助けが必要なのだ。「僕は一旦自分の家に帰る必要が有る」 ディミトリは車を走らせはじめた。本当はアカリに運転して欲しかったが、彼の事を怪訝な顔で見ているからだ。 まあ、自動車の窃盗を目の前で見せられて平気な方がおかしい。 それで、しばらくは自分で運転する事にしたのだった。「どこか逃げ込める宛は有るの?」「ええ、友人の家に行こうかと……」「それは駄目だ……」「どうしてなの?」「彼らは君を何らかの方法で追跡している」「え?」「じゃなかったら、どうやって君に辿り着いたのさ?」「あ……」「その友人を巻き込むのは関心しないね……」「……」「携帯電話は持ってる?」「ええ」「じゃあ、電源切ってくれる?」「はい……」 ディミトリは携帯電話の位置確認を利用していると睨んでいた。 アカリはバッグから携帯を取り出した。「それ、お姉さんのだよね?」「はい、姉のアパートで間違えて持ってきてしまったんです……」「そうか……」 これで、アカリがアオイの携帯を持っていた謎が解けた。つまり、アオイはアカリの携帯を持っている事になる。 次はアオイの所在だ。逃げる時の会話でアオイは捕まったとアカリは言っていたのだ。「お姉さんは彼らに捕まったと言ってたよね?」「ええ。 大人しく着いてくれば、船で会えると言ってました」「船……」 ディミトリはロシア系の連
大型ショッピングセンター。 ディミトリとアカリは大型のショッピングセンターにやってきた。その店は敷地内の駐車場が満杯になった時用に、離れた空き地に駐車スペース設けている。 そこに強奪した車を止めた。青年が警察に通報しているかも知れないからだ。(利用料金を十万程ダッシュボードに置いておくと言えば良いか……) ショッピングセンターから可愛そうな青年に電話する事にして、今後の事を考えねばならなかった。(一旦、家に帰ってサプレッサーを作り直さないと……) 手元にあるサプレッサーは用をなさない。今回の銃撃戦で交換用の弾倉がもっと必要な事が分かった。 これはミリタリーオタクの田島に頼んで譲って貰おう。 拳銃に付属していた弾倉はグラつきが有ったが、手持ちのモデルガンの弾倉はグラつきが無かった。玩具と思っていたが、中々使いでが良かったのだ。もちろん、改造は必要だがどうという事は無い。(多人数相手だと弾がいくら有っても足りない……) 普段、使っているのはアサルトライフルだ。携帯する弾も百~二百がせいぜい。多数の弾倉の携帯は行動を制限されてしまう。 それに兵隊の時には、突撃する者・支援火力を張る者と役割が分かれていたので、弾がそれほど必要が無かったのだ。(そう言えば拳銃が必要な場面って無かったからな……) 拳銃は戦局が駄目詰まりな状況で、ライフルの弾が無くなるような最後の最後で使うような物だ。なので、さほど重要視していなかったせいもある。それに拳銃が必要な場面に遭遇していたらディミトリは生き残ってこれなかったであろう。(まあ、サプレッサーをどうにかするのが先だな……) そんな事を考えながら、ショッピングセンターに向かって駐車場を歩いていると一台の車が目に止まった。 駐車場の端っこにポツンという感じで停車している。(ん?) ディミトリの直感が何かを告げた。懐にある銃を握りながら車に近づく。 見た目には普通の車だし、取り立てて目立った外観はしていなかった。(んんん……) 車には誰も乗っていないし、荷物が有る訳でも無い。しかし、何か変なのだ。 車の周りを回って正面に来た時に、何にピンと来たのかが分かった。(ふ、ナンバープレートが前と後ろで違うじゃねぇか……) これはニコイチと呼ばれる盗難車だ。ナンバープレートを変更しているのは、発覚を遅れさせ
隣町の丘の下。 白い車から降りてきた男たちが銃を構え始めた。それと同時にトラックの助手席側のドアが開き男が降りてくる。(こいつら全員グルなのかっ!)ビュッ! トラックから降りてきた男に最初の銃弾を送り込む。男は腹に衝撃を受けて後ろに倒れ込んだ。 サプレッサーの防音材が共振しているのか妙な音が響いた。「當心,拿著槍(気を付けろ、銃を持っているぞ)」「轉到對面放入,轉擁擠到對面(向こうに回り込め、向こうに回り込め)」 白い車の男たちの方から怒鳴り声が聞こえる。中国語なのは聞いただけでディミトリには分かった。(中華系の連中か!) 妙に大人しいと思っていたが、このチャンスを窺っていたのであろう。 彼らはディミトリが銃を持っているのを知っているはずだからだ。ビュッ!ビュッ! トラックの荷台越しに男たちに二発発射した。一発は車に、もう一発は地面に当たった。男たちは慌てて車に隠れる。 当たらなくても良い、牽制して逃走する時間を稼ぎたかっただけなのだ。「走って!」 ディミトリはアカリの襟首を掴んで先を急がせた。 アカリは訳が分からなかった。普通に歩いていたら、変な男たちに車に押し込められた。これだけでも大事なのに、次は見知らぬ男同士が銃撃戦をしている。 しかも、横にはディミトリが銃を片手に応戦しているのだ。戸惑わない方がおかしい。(荒っぽい仕事が好きな連中だな……)ビュビュビュッ!ポンッ! 男たちが再び車の影から出てこようとしたので再度連射した。しかし、最後の弾で異音が聞こえてしまった。(くそっ! サプレッサーがいかれちまったか……) ディミトリはサプレッサーの穴塞ぎ用のゴムが駄目になったのだと悟った。(連射に向いてないのは分かっていたけどな……) サプレッサーには銃弾を通すために穴が貫通しているが、防音効果を高めるために硬質ゴムで蓋をしてある。ドアの様に銃弾が通過した後に塞がるようにしてあるのだ。 だが、発射薬の強力な火力でゴムが徐々に駄目になる。段々と音が漏れるようになってしまうのだ。これがサプレッサーに寿命があると言われる所以だ。 ディミトリの自作のサプレッサーは、このゴムの材質が拙かったようだ。初めての試作だから仕方が無かったのかも知れない。ポンッ! 違う男が顔を出したので威嚇用に一発撃つが異音はしたままだ。男は肩